« 「ソフトバンク」 | トップページ | 「悪い噂」 »

2006.11.08

「カフカの家の思い出」

10月末日に、

カフカ賞受賞の村上春樹氏、プラハで「生涯初の」会見!

という記事を読んだ。

おめでとうございます。

ノーベル賞有力候補だという噂を作家仲間は騒いでいたが

(御本人は知らないとおっしゃったそうです)

私は「そうか。村上さんの作品は、海辺のカフカだったわ」と
自分が2001年のちょうど今頃にプラハを旅した事を懐かしく思い出した。

友人の画家仲間と約20人で訪れたカフカの家は石畳の通りに面するかいわいらしくて小さなお家だった。

カフカは実存主義文学の先駆者で、

中学生の頃に観た映画「裸のランチ」も元にもなった「変身」が大好きだった私は、

その家の中をずっと子供のように覗き込んでいた。

旅をする時はいつも、意識がすこぶる子供に返る。

翌朝の散歩ではチェコ大使と偶然に会い、

同行した画家歓迎の晩餐会で、

夜は宮殿で大統領夫人とニーナというお嬢さん達と語らい声楽家の演奏に耳を傾ける、夢のような旅ー。

その後ハンガリーのブタペスト、ベルギーでは個展の手伝いで旅したが、

東欧プラハは映画「存在の耐えきれない軽さ」にも描かれていたように退廃的な魅力で溢れていた。                

その時の私は作家になるなど到底思わず、

結婚はしたものの、それまでの様々な苦難と障害から、人生の岐路に立たされており、何も考えずにただひたすらに街を歩き回り、様々な画家と語らい、無数の絵画に触れるうちにふと、

離婚を気付かせた、正直で不思議な街ー。

私はこの人生のターニングポイントになった価値ある旅を、一生忘れないだろう。

重い話はこれくらいにして、

1番驚いたのはバドワイザーはチェコのビールだったと言う事!

チェコのビールにはなんと1000年の歴史がある。

バスガイドがアメリカとのビール戦争の話を延々としてくれた。

工場で、本場の濃いめのバドワイザ-を飲んだ。

狂牛病だと騒がれているのに次々と運ばれてくる牛肉(笑)!

「私なんかイタリアンのオーソブッコ(牛の脊髄)まで食べてるからもう遅いわよねー」

陽気な抽象画家のおばさまが笑う。

そう、もう遅いのに笑えるのが人生なのだ。

|

« 「ソフトバンク」 | トップページ | 「悪い噂」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「カフカの家の思い出」:

« 「ソフトバンク」 | トップページ | 「悪い噂」 »